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10月1日は一般の勉強会です

御薗治療院定期勉強会は今週の日曜日です。今回のテーマは触診。なぜ触診を選んだかというと、一般の方達に脉診を教えて気づいたのですが、どこに問題があらわれるのかは脉診でわかってもらえるようになりました。まあこれも凄いことなんですが、次に種類を選ぼうと思うと流石にプロレベルです。その前に触って情報を引き出すということをやらないとうまくいかないなと思ったので、これをテーマに決めました。自分の健康を得たいと思った時に大事なことがあります。それは人との比較です。血液検査でもなんでも人の平均値というのが基準になりますよね。東洋医学も同じなんです。人の身体を触ってみて、自分の身体を触る。それを繰り返しているとだいたいの基準がつかめます。そこで意識を切り替える練習をしてみます。東洋医学の基本的な意識です。こんなことを当日はやってもらおうかと思っています。結構プロレベルです。徐々にみなさんがプロになっていくって凄いことですね。触診を覚えてもらうとどこかが痛いと家族が訴えていたらそこを触ってみて、これはおかしいとか大丈夫ということがわかるようになってきます。とくに子供は言葉で伝えられないことが多いですからね。普段から触っているとなんとなくおかしいとか大丈夫というのがわかるようになってくる訳です。普通の講習会では絶対に教えてもらえない実践的な方法です。きっとプロの方も来てもらうと再確認できます。一度に沢山の人の身体を触ることって滅多にないですからね。興味のある方は、参加してみてくださいね。

界面活性剤

昨日の界面活性剤の話しで面白いメールを頂きました。界面活性剤って水荒いしても皿にある程度残る。これはそうだろうと思います。どんな種類の界面活性剤を使っていたのかはわかりませんが、強力なやつだと皿がキュッキュとなりますよね。完全に油分がとれている状態なんだと思います。そういう皿で食事をしているとコレステロール値が高くなったというのです。へぇ~。って思いました。その方は300ぐらいになったそうです。確かに高いですね。それで自然成分のものに変えたら下がったそうです。非科学的とか似非とか言う前にやってみてどうなるのかを実験してみるってことが大事ですよね。話しは違いますが、なんでも頭ごなしに駄目とかいっていると子供って育ちませんよね。それと一緒かな~。コンプライアンス、コンプライアンスと言って規制をかけて安全、安全とばかり言っていると子供が弱体化していく。そんな世の中がどうもしっくりこない気がします。根拠って大事ですが、根拠の意味をわかっていない人が本やネットで読んだだけで根拠、根拠というのは本当に愚かなことだと思います。想像で安全とか安全でないと言っているように思えて仕方がない。それは、どんな高度な論文を読んでも一緒です。頭でわかっているだけで実際の話しではないということですね。短いスパンで結果が出るものは良いですが、長くかかるものは、あまり情報に踊らされない方がいいですね。昔は味の素って頭が良くなるって言われてたんですからね。もちろん、小学校の私でもそんな馬鹿なって思ってましたが・・・。もっと味の素ふりかけときゃ~良かったかな~(笑)かしこくなったかも~。まあたいしてかわらなかったと思いますし・・・。身体壊していたかも~。でもそれが誰もホントのことはわかりませんよね。やったことない訳ですから・・・。そしてその因果関係なんてわかるはずがない。複合した条件ならあり得るかも・・・。そう考えたら遠い将来のことなんて話しにしていたら今が駄目になってしまう。今なんですよ。今。今わかることで十分だと思います。まあ身体壊しても頭良くなりたいと思う人もいるし・・・。

羊水でシャンプーの匂いってとんでも医学?

これ結構疑問に思ってました。経皮毒っていうらしいんですけどね。界面活性剤を多く含んでいるシャンプーなんかを多用すると羊水が濁るっていうんですよね。羊水が濁るってことは血液も濁っているはずです。食べたものからだけじゃなく皮膚からも影響がでるってことでしょうね。これについてはとんでもない!!という意見があり、似非情報だという話もあります。でも経験豊富な助産師や産婦人科医は、そういう経験をある程度の確率でしているらしいです。すべての人じゃないからそういう経験をしない人もいるようです。実際にはシャンプーの匂いというより、ドブに捨てたシャンプーの臭いらしいですが・・・。なるほどな~。これも現場と頭脳の違いだなと思いました。実際にあるようです。考えたらそうですよね。皮膚は何層にもなっているんですが、最外層は0.02~0.03mmぐらいの角質層があり、その間をセラミドという主成分で接着するような形になっているそうです。簡単にいえば油膜のようなものかな~。これがバリアのような形になって外界と内界を区分けしている訳ですね。油分があると水様性の物質は全て排除してくれますからね。そこに界面活性剤を含む物質を塗り込むと油分を溶かして、その成分が界面活性剤と一緒に入り込んでいく訳です。お肌プルプルになるような化粧品なんかも、界面活性剤と一緒にその成分が入っていく訳ですね。シャンプーも同じ原理で油汚れとかを落とす訳ですね。台所洗剤も油汚れ簡単にとれますよね。同じ成分です。だから界面活性剤を多く使用している洗剤を使うと手が荒れるんです。髪の毛をシャンプーしないで1ヶ月ぐらいするとシャンプーしても泡たたない。なんて現象が起こります。普段は入らないものが入ってくると網細血管に乗って全身を巡ってもおかしくない。ということです。羊水に入るということは血液の中にもそういう界面活性剤と一緒に流れ込んだ物質が身体の中を巡っているということですよね。こわ~。やっぱり似非だとか非科学的だとかと簡単には言えないでしょうね。産婦人科医じゃないし出産に立ちあった訳でもないので、本当かどうかはわかりません。でも経験のある助産師は、最近の羊水は臭いから気持ち悪い。と言ったそうです。高度成長期の前と後を経験した助産師さんの話しだそうです。そんな昔から徐々に変化してきているということでしょうね。まあ朝晩シャンプーしたり、色んなものを塗っている人にはありえるかもわかりませんから気をつけたほうがいいですね。ちなみに私はシャンプーほとんど使いません。月に一回ぐらいかな~。髪の毛を切った時だけです。お風呂で自分で髪の毛切りますので、その時にだけシャンプーします。でも面白いことにシャンプー使っていたときより、頭臭わないんですよね。最初だけ一時的にフケがでたり臭ったりするんですが、その後臭わなくなるんですよ。”吃驚!”お湯だけで汚れはある程度落ちるというのは事実ですね。そして必要以上に汚れを落とさない。これもの凄く大事なことです。必要以上に抗生物質与えると身体に有益な菌も死んでしまうというのと同じですね。必要以上に界面活性剤で油分をとってしまうと油分を出そうと思って匂うのかもわかりません。専門家じゃないのでわかりませんが、事実やってみるとそうなります。面白い現象です。

バイク

ぜ~んぜん話しは違いますが・・・。最近若者がバイク乗らないって話しを聞いてビックリしました。私は18歳になって車の免許とってから最短でバイクの免許取りましたが、そんな若い子も少ないそうです。なんでかな~って思っていました。確かに車やバイク乗らなくても生活できる都会の人達はいいです。でも田舎は車がないと不便で仕方ない。そもそもなんでそうなったのかな~って思ったんです。バイク屋さんへ行って話しをしているとこんな話しを聞きました。最近、バイクの種類が一気に減るみたいです。そもそもバイク乗りたくてもバイクがない。メーカーが新車を作らなくなったそうです。ええ~なんで?って聞いたら、どうも排ガス規制であったり、ABS装着義務等々があって値段が高くなってしまうそうです。規制!! 規制!! 規制!!それなら種類を減らして売れるバイクしか作らない。という形にメーカーもなってきますよね。自然なことだと思います。経済の原理です。このままでは日本のバイクが世界市場を席巻した時代は完全に終わりますね。昔は、レースでも日本のメーカーしか走ってなかったです。バイクって完全な趣味の一つの場合が多いです。通勤で使うより趣味で乗る人の方が多い。売れるバイクしか作らなくなったら面白くないに決まってます。売れないバイクがあっても売れないバイクを乗りたいと思う人がいるんです。これね。絶対に売れない商品っているんですよね。それが売れるバイクが余計に売れる理由になるんです。それが経済の原理なんですよ。優秀な社員ばかりいる会社は、業績をあげているかといえばそうではないです。これも真理です。昔のバイクは良かった。整備もやりやすい。改造もしやすかったりします。それでいてある程度の年式のものだったら曲がるし止まるしスピードもでて軽い。だから昔のバイクが100万単位で売られている。店頭に私の乗っていた頃のバイクと同じコンセプトの車種が売ってました。こんなん売れるんや~っていうと、逆にこういうニッチなバイクが売れるんです。って答えでした。どの世界も一緒やな~って思いました。コンプライアンスを言い過ぎて過保護になりすぎてメーカー自体が縮小している。そんなんでええんかい!!って言いたいです。オモロナイ商品しかない世の中はオモロナイ人しか排出しません。今のままで本当にいいのか?と問い続けなくてはなりません。

情報化社会

この情報化社会をどうやって生き延びるのか?難しい問題のように思います。確かに情報を得る必要はあります。でも人間には五感があります。それに加えて第六感があります。それらを総動員するしかない。情報を直感、第六感でかぎわける必要があるんだと思いますよ。この情報化社会を生き抜くにはそういう覚悟がいるのかもわかりません。映画って未来を予想する指標になったりしますよね。予言書みたいなもののような気がします。未来映画では新しい人間が生まれて超能力を持った人がでてきたりします。そんなの夢の話し!!って思うかもわかりません。私にはそんな力ありませんが、人間がAIに勝てるとしたらそれしかないのかも?脳をフル活動させて使うともの凄く疲れます。頭おかしくなりそうになる。体調も悪くなったりします。それでも活動させていると徐々にできるようになってくることが増えてくる。それを遺伝子として未来に託すことができるかも知れません。AIがでてきて急激な変化がここ10年で絶対に起こるでしょう。いえ、5年かも知れません。人間も新しいタイプの人間が必ずでてくるはずです。自然にそれができる子供が増えてくる時代がくると思います。人間にはそれしか残されていない!!人間に残された時間はそう多くないのでは?焦っても意味ないのですが、一人一人の自覚というか姿勢は大事だと思っています。

洗脳

洗脳されている!!洗脳されないように勉強しないと!!って言ってる人が意外にも情報によって洗脳されていることが多い。面白いなって思います。どんなことでも勉強すればする程、洗脳なのか洗脳でないのか区別がつかなくなります。勉強したことは、あくまでも人が経験して作ったことであって自分で考えたことじゃないですからね。テレビのスイッチはつけられてもテレビの構造を知らないと作るためにどんな苦労があったかはわからないですからね。専門的になればなる程、断定はできないはずです。洗脳されるな!!と声高にいう人は、洗脳されていると言っても過言ではないですね。知識に覚えれて軽々しいことを言っている。それが軽々しいことだとも気づかないで言っている。専門的になればなるほど断定できない事実が沢山でてきます。似非科学やトンデモ科学と言う言葉を使う人は、本当に現場を知らないで言っている。この現象って姿勢ともの凄く関係します。またまた訳わからんこというてきた~。って思う人がいるかもわかりません。姿勢ってこれが正しいというのはありません。人によって違いがあります。でも正しいとするなら、その人が本当の意味で楽な姿勢です。本当の意味で正しい姿勢をするには、動的でなくてはなりません。つまり微動していないと正しくならないんですよ。ホウキを持ってバランスをとるのを子供の時にやった覚えがありますよね。バランスというのは常に揺れています。ホウキが真っ直ぐに立っている状態を長く続ける時、必ず手は微動してますよね。手を動かさずピタッと止まる瞬間なんて一瞬です。正しい姿勢は揺れている。つまり定まっていないんです。真理は定まっていない。だから断定は正しくない。と言えます。ほらね。何も勉強しなくてもここまでわかる訳です。知識は大事です。でもこのことを忘れて、自分が勉強したことだけが正しいと考えるのは断定です。その断定した考えを根拠にして人に押しつけのをお節介と言います。でも私も断定している!!(笑)定まっていないということを断定してますね。でも確かに定まっている時間が長いものはあります。それを確率であらわすのが科学?って言っているんですよね。そんなのありえない。将棋の定石みたいなものです。それをAIがぶちこわしてくれましたな。だから新しい定石ができる。きっとまたそれを崩す定石ができるでしょう。でもスパンが長い!!それだけです。

捕食活動と自然治癒力

捕食活動が最優先され、動くことを使命とされた人間は、何がなんでも動こうとします。しかも昔と同じ動きをしようとします。だからエゲツナイ姿になります。なぜかと言えば記憶があるからです。動きと記憶は密接な関係がありますからね。それが自然治癒力を妨げているってわかりますよね。つまり無意識が自然治癒力を妨げている。脳が自然治癒力を妨げる働きをしている。と言えます。自分の脳がですよ!!エゲツナイ思いは自然治癒力を妨げるんです。何飲んだから自然治癒力が高まるとか言っている人は嘘つきです。そんなもので自然治癒力があがる訳がない。鍼をしても自然治癒力は基本的にはあがりません。鍼治療をすれば基本的には動きやすくはなります。でもエゲツナイ思いはなかなか治らない。その思いがなくならないとまた元の姿に戻ります。ゆっくり動いたら楽なのに・・・。でもできません。だから治りません。どんな治療をしてもその人がそのことに気づかないとまた元の木阿弥。でも中にはそれに気づいてどんどん良くなっていく人がいます。結構います。だから鍼治療は人気がある訳です。似非だという人もいます。似非科学だとか言う人います。プラセボだとも言う。でもプラセボ薬ってもの凄く効果高いですよね。副作用も同等の副作用がでたりします。人間の思いは舐めてはいけません。思い一つで治りようがないものまで治ってしまう。その力と科学の力を合わせればかなりの高効率で治る力(自然治癒力)を発揮させることができる。でも基本はその人の思いです。それが大事。思いのない人が良くなることはありません。どんな手術をしようとどんな高価な薬を飲もうとも結局は、エゲツナイ姿を世間にさらすのみです。それがどんどん加速する。加速したら身体はもちません。科学絶対主義の人が駄目なのは、科学だけを信じるからです。新興宗教を信じて他人に迷惑をかける人と変わりない。どちらも信じない。それが正解です。癌で手術をして全部摘出して退院してまた戻ってくる人がいます。癌が怒った!!というそうです。立ち止まって考えるか考えないかはその人次第です。それを術者が治すことは不可能です。気づかせることはできるかもわかりません。でも気づくか気づかないかは別問題です。気づかないと生活の全てがそうなってしまう。何を食べても、どんな運動をしても無意味でしょうね。

昨日は専門家のための勉強会でした

昨日の勉強会は遠いところからご参加頂いた先生がおられ、台風もあって、そもそも来てもらえるのを心配しなくてはならない勉強会でした。(笑)台風は全然大丈夫だったそうです。よかった~!!ご参加下さった先生方、ホントにホントに有り難う御座いました。拙い話しを真面目に聞いてくれてありがとう御座いました。それでもご参加頂いた先生方からは・・・。参考になりました。勉強になりました。目から鱗です。なんて言って貰えて幸せです。達人になる方法を考えて考えて考え抜いた結果、振り返ったらかなりの情報量がありました。自分でもビックリ!!無負荷筋力検査法初動負荷テスト代償運動検査法タッピング法皮膚張力検査法御薗式脉診法御薗式触診法沢山の独自の方法を考えて、これらを使いこなしてきた訳です。そこには常に疑問がありました。動きとはなんぞや?生きるとはなんぞや?治療はそもそも必要あるのか?自然治癒力ってなんなん?呼吸ってなんや~?これらのもっとも素朴な疑問に答えを出しつつ、全てがつながるようにしてきました。それが真理に近づく最短の方法だと思っていたからです。まだまだですが、そんな単純な疑問に対する答えを探して長い長い旅にでてきた気がします。単純で素朴な疑問が全ての疑問を解くカギです。誰でもはできない治療法を目指してます。(笑)しっかり考えたものだけができる。しかし、それさえわかってしまえばいかなる方法もわかる。そういう姿勢です。普通の勉強会って、これこれのテクニックを覚えるだけで治療効果抜群!!なんて触れ込みが多いんですよね。凄いな~って思います。そんなこと言えるんかい!!とも思えます。一人でも例外があったらそれが言えないから例外なくできなきゃ言えません。だからなかなか言えないんです。そう言っている人は達人!!私にとってはまだまだ例外的な患者さんがいらっしゃいますからね。まだまだ技術が不足してます。まだまだ発展が足りません。まだまだ基礎が足りない。足りないことだらけっていつも思ってます。でも私のやり方は失敗から学んだことばかりです。失敗を何度もくり返して、失敗しても失敗してもあきらめない。このしつこさが今を支えてます。だからこれからも失敗を繰り返してしか学べません。出来上がった本には何も書いてないからです。それでも徐々に失敗が少なくなってきている。技術があがったのでしょうか?そうとも言えないような気がします。今日のテーマの一つの中にあった対話ができるようになったからだと思っています。情報のやりとり・・・。患者さんとの無言の情報のやりとりです。それは触診から起こります。触れるか触れないか・・・。その時に全てが伝わってくる。触診ってものすご~く大事な診断法です。触れなくても伝わってくる。色んな診断法を学んだり自分でも開発したりしましたが、最後は触るという当たり前の行為にもどってしまった。当たり前過ぎる方法です。触診は情報のやりとりです。患者さんとのコミュニケーション。しかし、もちろん雑談をしたり優しくしたりすることじゃ~ないですよ。無言の情報のやりとりです。無言の情報を引き出す方法が触診です。それができないのに治療ができるはずがない。達人と呼ばれている全ての人はこれができてます。でもそれを説明はできない。それを説明するのが私の役目です。

捕食活動を最優先させる無意識

捕食活動と怪我が関係あると書きました。人間の身体って左と右があります。なぜでしょう?右左を使って歩くから?もちろん、そうなんですが左が駄目になっても右で何とか動けるからかもわかりません。最後の最後まで動くことをやめない。ということなんじゃないかと思うのです。だから動物なんですよ。背骨はその中心に位置します。つまり背骨を見ていると面白いことがわかります。例えば左肩関節の異常があったとします。そうすると胸椎5~7番あたりの背中は腫れます。腫れ上がって右回転します。つまり右回転して左肩があがるような形になってしまいます。よくみると背中が右より左の方が長い感じに見えます!!右に回転していますから左の方が長く見えてしまうのです。実際に骨が長くなったり短くなったりしている訳じゃないですよ。骨が伸びたり縮んだりはしません。だから骨が歪んでいる訳ではありませんよ。左背部は麻痺側です。左側は緊張していても緊張側ではありません。麻痺側です。引き伸ばされているんですからね。もし、右に常に回転している状態になったとしたらどうでしょう?どこかで左に回転するところを作らなければ倒れませんか?そうなんです。どこかで左に回転しています。腰か足で左に回転しています。左足が上がらないようにセッティングするんです。それを無意識に行います。つまりそんなことを無意識にできる機能が備わっているんです。凄いと思いません?なにがなんでも倒れないようにできています。それができなかったらアウトです。補食できないので餓死です。捕食活動を最優先するからというのがわかっていただけましたか?でもそれが過ぎるとエゲツナイ姿になってしまいます。姿勢ってそれをあらわしているんですよね。だから姿勢は大事なんです。エゲツナイ姿にならないように姿勢に注意をはらっている必要がある訳です。金の亡者と同じですからね。

明日は専門家の勉強会!!

明日は専門家のための勉強会です。とても楽しみなんです。勉強会というとテクニックを教えるのが勉強会です。しかし、私の勉強会はテクニックではありません。テクニックよりもっともっと大事なことがあります。感覚を磨く。これがとても大事なテーマです。テクニックは、方法論です。しかし、方法論は常に変化し、全ての患者さんには対応はできません。それを100%にしようとしたら基本的な概念で一つ一つ分析していくことが求められます。それによって状態を推測する。どんな複雑な症例であったとしても一つ一つは単純なものの組み合わせです。それを一つ一つ紐解いていくことなんです。推測した結果を元にして、それを反映させるための刺激をする。そして結果を観察する。治療はこの繰り返しです。それに近道はありません。当たり前のことですが、この当たり前のことができていないことが多い。何々法、何々テクニックと言う言葉ばかりがもてはやされる今の治療技術を真っ向からヘソを曲げたいと思っています。(笑)誰でもはできない技術です。誰でも簡単にできる技術って?そんなものあったら、苦労せん!!常に一人一人に対応しようと努力していくのが発展性のある技術です。治りにくい人には治りにくいように治す。治りやすい人は速攻で治す。速効で治る人は、短い時間で治してあげればいい。複雑な症例は複雑になってしまった訳ですから単純なものの組み合わせと順番を駆使しないと絶対に良くならない。そんなこと臨床を一生懸命やっていたら誰でもわかることです。テクニックは大事です。それも必要です。しかし、そのテクニックをどこで使うか?どの順番で使うか?どういう組立をして使うのか?順番、刺激量、刺激回数。それを決めるのは診断力です。様々な要素で治療は決まります。決して安易にテクニックだけを習得しても絶対に行き詰まります。どうせ治療家になったんですから、そこを追求しないとね。私の技術は失敗の技術です。失敗し続けたからこそできた技術と言えます。失敗を恐れず失敗から何を学び、どう反映していくか?そしてそれがどういう展開を見せるか予測する技術です。患者さんの状態を把握し、分析し、予後を予測し、状態を予測する。想像力を膨らませることがとても大事なことがわかってきます。それを日々繰り返すことで治せなかったものが、なぜ治せなかったのかが徐々にわかってきます。それが経験を積むということです。なんども言いますが、これに近道はありません。単純なことの繰り返しをすることで技術はどんどんあがっていきます。甘い言葉に踊らされないで確実に技術をあげていく方法を一緒に考えていきませんか?そういう提案をする講習会なんです。体調が良くなれば何が起こるのか?楽そうな姿勢になります。呼吸が深くなります。関節の可動域が正常位置になります。当たり前のことが起こる訳です。でもそれは病気を治した訳ではありません。病気を治せる段階に来ただけです。それが自然治癒力があがった状態と言えます。そんな状態に仕上げていき、患者さんと一緒に考えていくのが治療です。明日は思いっきりそれを披露していこうと思っています。

怪我の治療

足は歩行に大きく関係し、捕食活動に影響を与えます。つまり移動に影響を与える。移動できないと捕食活動ができません。それは恐怖を伴います。東洋医学では恐怖は、腎にくると言われます。恐怖を感じると腰がひけるのです。腰をひいて恐怖を身体で表現しているようなものです。しかし、恐怖が強くなると焦りを感じます。その焦りがエゲツナイ行動にでたりします。怪我でも同じなんですけど足の不調は面白い現象があります。変形性膝関節症の人って膝が曲がって痛いんです。普通はゆっくりしか歩けないって思いません?実は早くしか歩けないんです。小股でチョコチョコ歩きします。もっとゆっくり歩いてって言ってもゆっくり歩くと身体のバランスを失うので怖くて歩けません。ゆっくり歩けないんですよ。というかゆっくり歩くと痛い。バランスを失う。って頭が思い込んでいる訳です。どう関係があるかって?早く目的地につきたいと思うことは、早く目的を達成したい訳です。膝が痛くなかった時と同じスピードで歩きたいという願望が無意識のうちにあります。痛い足に体重をかけないで足の回転を早くして通常と同じスピードにしようとします。これが膝の破壊を余計にすすめます。金の亡者と呼ばれる人を忌み嫌うのは、目的を達成するためには手段を選ばないからです。常に恐怖が伴っています。お金がなくなったらどうしようっていう恐怖。これは人間の根本的な恐怖である捕食活動ができなかったらどうしようという恐怖です。恐怖のために自分には必要なお金はあることに気づかずエゲツナイことをしたりします。その姿がエゲツナイと呼ばれる訳ですよね。ゆっくり足に体重をかけて動こうと意識するとそれだけで良くなっていく人は多いです。たぶん殆どの方がそうなるはずです。もの凄く瞑想的です。自分の身体に注意を払っている状態ですからね。金の亡者と呼ばれている人が、人生を見直し、瞑想して傾いた会社をたてなおした。なんて話しを聞くと正にこの現象だなと思います。怪我でも全く同じです。足の怪我でも手の怪我でも痛みがあるので早く動かそうとします。そして乱雑に動かそうとしてしまう。きっと痛みを噛み締めないで、痛いことから逃れたいという気持ち(恐怖)が強いからでしょうね。どんなことでも嫌なことから逃れられる訳ではありません。楽しいことは推奨していますが、それと同時に嫌なこともオマケでついてくる。だから楽しいし、楽しめる。なのに楽しいことしか考えない。違います。楽しいという記憶しか求めないんです。だから本当に楽しもうとしている訳じゃない。楽しい記憶を求めているだけなんです。それに気づくことが大事ですね。そして記憶を夢と勘違いして目標にしている。夢は夢です。記憶と目標を混同してはなりません。記憶は過去のものであって目標ではありません。そんなのうまくいくはずがないですよね。痛いんなら痛みを理解しないと・・・。膝の痛み?膝が原因でしょうか?腰痛?腰が原因でしょうか?それをしっかり考えないと何も治せない!!!

人間はなぜ動物なのか?

人間はなぜ動物と呼ばれているのでしょうか?植物ならジッとしていても土から水分や栄養分を吸い上げたり光合成を行って化学的変化を起こしている訳ですよね。光合成とは光エネルギーを使って水と空気中の二酸化炭素から炭水化物(グルコースやデンプン)を合成することで空気中に酸素を放出している状態の事ですよね。つまり動く必要がありません。だから植物と言われる訳ですよね。植物人間と言いますが、機械で生かされているので、電気が止まれば生きられませんよね。動物はなぜ動くのか?光合成ができないので動いて捕食活動をしなければならないというのがが一番の理由にあげられます。現代社会であれば、捕食活動=現金獲得ですよね。しかし、人間は面白いことに捕食活動を最優先させる人のことをエゲツナイと言います。言いません?金の亡者とかね。忌み嫌いますよね。でも捕食活動が人間の目的なら忌み嫌う必要はないはずですよね。誰しもが持っている訳ですからね。もし、そうでないという人があれば仙人です。不食の人でも着る服を得るにはお金か、それに伴う代償が必要ですし、タダではウンコもシッコもできませんよ。現代社会ではね。これね。怪我の治療ともの凄くよく似ているんです。?????って思った方、明日をお楽しみに・・・。