昨日は腸の働きについて、少し書いてみましたが、腸の話しは、今なら少し勉強すれば誰でも知ることができます。なるほどそういうふうになっているのか、だからこういう現象が起こるのだと説明することは簡単です。しかし、それをどのようにして臨床に生かしていくかということは、意外に難しいものです。
腸だから食べ物?
というふうに考える人も多いかもわかりませんが、それは本当でしょうか?
殆どの人は、このようなことを勉強すると、だから腸が大事、食べ物が大事だと言って、何もかも食べ物や腸のせいにしてしまう傾向があります。 なぜそういうことが起こるかというと、一つの見方しかできないからです。だから複数のことを学んでいなければならないと考えるわけですが、いくら複数のことを学んでも頭だけで考えようとすると、どうしても偏った考え方になってしまうわけです。
一つの新しい知識は、それに囚われてしまう結果になるからです。それはどんな聡明な人でも一緒です。知識を得ても、それを常に疑うことで新しい発展が見いだせるのだと思います。
疑うだけでは駄目で、完全にその知識を捨てられなければなりません。知識を捨てて物事を見るということをやっていないと直ぐに人間は知識に支配されてしまいます。 だから、知識を臨床で応用する為には、疑う心を忘れてはなりません。これが意外に難しいです。 もちろん疑うだけでも駄目ですからそれも難しいと言えます。
知識とは一体何なのか?
それについて深く考えていないと知識に溺れてしまいます。あくまでも知識は過去のものであり、今から起こるものではありません。いくら知識を組み合わせても新しいものを生み出す力にはならないということです。
知識を組み合わせるのではない何かを見つけていかなければ創造はできません。そういうアイデアというのは苦しみながらしか出ません。人に教えてもらうものでもありません。もちろん、教科書で学ぶものでもありません。沸き上がってくる何かなんだと思います。
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