常に正解は一つではありません。
価値観が人それぞれで違うのと同じで、人それぞれの身体は、その人の体質や記憶(思考の記憶と無意識の記憶)等々の条件によって大きく異なります。それは人の顔や仕草が、人それぞれで違うのと同じです。それを同じにしようと、ねじ曲げれば必ず反発があります。それとも、身体そのものが、こちらの話を聞きません。 治療をする上で一番やってはいけないことだろうと思います。
ずっと四海の話を続けてきたのは、十二正経と四海の経路がよく似た経路として存在しているということを理解してもらう為です。穴の場所が重要と考える人にとっては、決して四海を理解することができません。なぜなら、場所が同じなのに名前や作用に違いがあるということを理解できないからです。 これを解消することは並大抵ではありません。実践して、自分自身に落とし込まないと、頭でわかっているだけでは、この癖は絶対に消えません。私自身もそうだったからよくわかります。
距骨の臨床から全体と関わりのある四海を導き出し、それが十二正経ともよく似た経路を通ることからその違いは何なのかを考えてもらえることを願って書いています。それを理解することは、鍼灸師が日常経験する穴が変位するという意味を理解するのに役立つからです。
答えが一つだと考えている人にとっては、この現象を一生かかっても捉えることができません。
一つだけの正解を導き出そうとすれば、その法則性だけが重要と考えます。しかし、答えが一つである必要はないし、そこに法則性があるかどうかは無視し続け、できるだけ身体の反応を素直に観察するように考えていると、より多くのことに気づきます。
もし、それが間違いなら世界があまりにも小さく色あせたものになります。また、伝統医学と言われているようなものは、跡形もなくなってしまうだろうと思います。
もっともっと自由で良いし、自由になることで、様々なものが見えてきます。世界は、それぞれに違うのですから、それを無理やり同じにしようとしたりパターン化したりすると必ず歪みが生じます。もちろん、同じに見えるものはあります。大きく違わないものもあります。しかし、同じに見えて全て違うということを理解していないと、本質は見えてきません。
刺激に関しても同じです。「 押しても駄目なら弾いてみな」という言葉があるとおり、強い緊張に強い力で対抗しようとしても、相手の力の方が強ければ力負けしてしまいます。
強い力を弱い力に変え、こちらの理論を押しつけずに相手の状態を認めると、強い緊張を緩解させることができます。その為にも力を使わないということを覚えないと、四海を理解することはできないかもわかりません。
穴や経絡は常に変化しています。変化のない経絡は存在しません。 そのことを理解しようとしていてください。新しい世界が見えてくると思います。
目には見えない穴や経絡を理解する上でとても需要なことです。
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