プラシーボ3


手に持たせる検査であれば実際に飲む訳ではないので、あくまでも情報としての作用だけしかありません。それによって身体が大きく変化する訳ですから情報が身体に及ぼす影響は計り知れません。

それが事実なのですが認めようとはしない人が多いのは驚きます。 


その影響力がどれほどあるのかを特定したいというのは決して非科学的ではありません。 そのことから考えるとプラシーボは使い方によっては臨床上非常に効果の高い方法になるはずです。問題は、どうやれば、プラシーボを発動させやすくなるかです。

プラシーボを上手く使う為には、それを、より深く解明する必要があります。 



考えて見てください。もし、作用の強い薬があるなら疑似薬と比べて圧倒的な差がつくはずです。そういう薬が世に出回っているのだと思いますが、素人目に見ても圧倒的な差がつく疑似薬はそう多くないはずです。 統計の取り方によって違いがあるギリギリ誤差の範囲という薬も中にはあるはずです。


疑似薬と圧倒的な差を持った薬であってもプラシーボとしての作用を含んでいるはずです。疑似薬ですら、あれ程の効果がある訳ですから効果の証明された薬であっても設定によっては作用や反作用が強くあらわれることもあります。それをノーシーボと言います。 

しかし、このノーシーボという言葉も否定的に使われることが多く、人間の思いを理解していないのに簡単にノーシーボが・・・。とか言い捨ててしまうのも科学的な態度ではありません。


同じ薬を飲ませてもプラシーボを利用した場合と、そうでない場合では同じ効果にならない可能性があるということを研究すれば、更に効果の出る薬になるはずです。 

疑似薬はかなりの頻度で実際の薬に迫っている作用があるのですから、効果が認められた薬であっても、設定次第では効果が半減することも考えられるということになります。それは単なる思い込みの作用だけではない何かがあるはずです。

それを手に持たせて変化を調べる実験は示しています。


情報は私達が思っているより遙かに大きな力を持っているのです。物質レベルの話しが一般的に科学的と言われているものだと思うのですが、医療は、それだけでは絶対におさまらないということを二重盲検試験は示しています。 


それなら、プラシーボを否定する理由が見つかりませんし、なぜ、それをやり玉に挙げて、似非だと言って否定するのか不思議でたまりません。

それを認め、研究することでより発展性のある情報を共有することができるようになってくるのは目に見えています。


人間の身体は、まだまだわかっていないことが沢山あるのですから、本当の科学者であるなら、プラシーボの作用を認めながら物質的な作用のある薬を運用していって欲しいと思います。

処方する医師の一言や設定、思いによって作用は大きく変わってくるはずなのです。


 

御薗治療院

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