切実な問題

自粛のおかげで、感染者数も死亡者数も少し横ばいから下向に転じて、だいたいの見通しがついてきた感じですね。このグラフを見てホッとしています。


患者さんの子供が、2月の下旬から行っている休校措置及び外出自粛によって精神的異変を起こしているということを言ってました。

                                                    

それは、ご飯を食べていて、急に泣き出してきた。

というのです。

理由もなく、ご飯を食べていて、急に泣き出すことなんてあり得ませんよね。

その患者さんも、たぶん、この記事は読んでくれていると思いますが、これは相当異常な状態だと思います。社会的不安が確実に弱者を蝕んでいるというのは事実ですね。子供が外にも出られないなんてホントに苦しいことだと思います。


感染も深刻な問題ですが、精神的な影響は、それ以上かもわかりません。しかし、それもウィルスと同じで、目には見えないものです。

ブログで呼吸の話しや、社会的不安が身体の延長線上に起こる身体の変化というような話しを何度も書いているのは、こういう結果を想定してのことです。結局、自分の身は自分で守るしかないということです。


しかし、ウィルスで亡くなる方がいるのも事実です。そして自粛がウィルスの封じ込めに効果があることも事実です。それは、国民の自主性に任せていたスウェーデンの結果を見ればあきらかですね。もちろん、自粛の仕方にも、賛否両論あり、どういう場合が危険かを知っているか知らないかで大きな違いがあることも事実です。ただ、それは今の時点で言えることです。


ウィルスで亡くなられた方には、本当にお悔やみ申し上げます。


感染者が増え始めた当時、二つの目に見えないものが存在していました。経済を優先させて社会的弱者に重きを置くのか、ウィルス感染者に重きを置くのかですが、これは悩むところだったと思います。

政府もどちらを優先するのか迷いに迷ったと思いますが、今回は世界が、都市封鎖の方向にいきました。決して日本だけではありません。世界的にそういう傾向に陥った訳です。国としては、それも考慮しなければなかったと思います。


しかし、日本は、各国が行っているような完全な封鎖ではありません。人目を気にしなければ、他国より自由に行き来できることは事実です。自粛意識は、相当強いかもわかりませんが、日本ってかなり自由な国だと思いませか?

逮捕されたり罰金を課せられたり、射殺されたりもしませんからね。


監視も国民に任せているようなものです。それで、ここまで自粛できるのですからホントに凄い話しだなと私は個人的に思っています。これについても賛否両論あると思います。嫌な国民性が見えたと思うのか、規律正しい国民性ととるのかは、感じ方の違いだと思います。


封鎖は、ある意味鎖国です。

鎖国が続いているはずなのに、食べ物って結構あると思いません?

選り好みしなければ生きていくには十分足りていると思います。日本って自給率が低いと言われていましたが、スーパーに行けば、地元の野菜も豊富ですし、他県からの食品も豊富です。本当に自給率って低いのかな~って思います。また外食ができないので、スーパーは大忙しです。


輸入しなければならないものは備蓄しているものを放出しているだけかもわかりませんが、考えたら、野菜も魚も豊富に供給されています。それどころか、給食がなくなって食材が余ったという話しも聞きます。もちろん食べ物だけじゃなく様々な輸入品がありますので、鎖国が続いて良いとも思いませんが、食品って贅沢さえしなければ、生活するには困らない程度にはあるということが実証されたんじゃないかと思います。つまり、工夫さえすれば、国内の供給だけでも十分生きていけるということを意味していると思います。


今回の自粛には、賛否両論あると思いますが、そろそろ打開策を打たないと国民が限界に来ているのは事実でしょうね。ここまで長いと、全体としては、ウィルスで亡くなる人より、社会的不安や経済的不安によって亡くなる人の方が多くなる可能性はありますよね。それも事実です。


今は、どのようなことが危険かがわかってきましたので、ここまでの自粛が必要ではないという意見もあります。私もそう思いますが、初期の段階では、まだ十分にはそれが周知されていなかった訳です。今となっては、それが周知されてきたので、罹らない方法で対処するということを提案できるようになったと思います。しかし、当初は、不確かなものにかけることはできませんから仕方のないことです。


国としては、どちらを優先しても、文句も言われるし、どちらを選んでも弱者を切り捨てるということに変わりはないということだったということです。自粛反対者は、ウィルスで死ぬ人より、社会的不安で死ぬ人の方が多いと声高に言います。そして自粛容認者は、ウィルスで死ぬ人が増えると声高に言います。

国民は、どちらを信じて良いのかわかりませんよね。それは政府も同じだったと思います。


自分が、もし、政府の人間で国民の命を守る立場にあったとしたら?


どちらを優先しても、弱者切り捨てには違いがなかったはずです。それを国民一人一人は、絶対に忘れてはなりません。どちらも正論を言っているように見えますが、確実に弱者は切り捨てられます。それを批判する程、責任のある立場で発言しているのかをよくよく考えなければなりません。


言うのは簡単です。ネットで文章を書いてリターンを押すだけで一国民でも発信はできます。昔とは違います。だからこそ考えて発言しなければならないことがあると思います。


自粛反対者も、ウィルスで亡くなる弱者を切り捨てています。

ウィルスで死ぬと言っている人も、このような社会的弱者を切り捨てています。


あなたが政府の人間なら、世界の動向を見てどう考えるか?

どれだけ重い責任がのしかかっているか?

想像して、それを決める勇気について話し合う必要があったと思います。


自分自身の片寄った知識だけで、本当に決められますか?

ウィルスの専門家でもないあなたが決められますか?

きっと、それを決めなければならない立場になったら様々な専門家に意見を聞くはずです。しかし、その意見もまとまっているとは言えない状態だったと思えます。

その意見をまとめて、できる限りの対応をしようとするんじゃないかと思います。


そして決めた結果が自粛だった訳です。それを誰が責められたでしょうか?

もし、その専門家が間違っていたら?

と考えたら夜も眠れない日が続いただろうと思います。


政府を、クソみたいに言うのは絶対にやめた方がいい。そう思っていたので、ずっと何も言わないで自分の今の立場で、できることを書いてきました。

しかし、このグラフを見て、子供達のそういう精神的なことを見て、やっと違う局面になってきたなと思いました。そしてウィルスのことが徐々にあきらかになってきました。そろそろ違う方向に切りかえる準備をした方が良いのではないかと、一国民として思っています。あきらかに、周囲を見回してもコロナに罹ってバタバタ倒れている人を見ませんが、不満を持った人は、子供も大人も含めて、もの凄く多く会います。

この声は国民として、発言しても良いと思っています。


しかし、なぜ、人はこうも人を攻撃したがるのか?


どちらの主張をしても、絶対に弱者切り捨てになるとわかっているのに、自分の主張が正しいと声高に言えるのか不思議でたまりません。きっと自分の主張は、誰よりも正しいと言う正義感からだと思いますが、その正義感は本当に正しいですか?

そう問いかけ続けながら、国民として意見を出し合わなければならないと思います。一般国民は、どれだけ勉強しても現場を見てきた専門家でもないし、責任のある立場にたってはいないですからね。


それでも国民は国民としての現場には立っています。ただ言いなりになっている必要もありません。その意見を反映させる為にも極端な言い方や、極端な議論を避け、国民としての現場を伝える必要はあると思います。

極端な言い方をする方が炎上しやすいし、興味本意で、その発言にコメントする人も増えますからね。そういうコメントが滅茶苦茶増えたのは、ホントに残念な気持ちでしかありません。


冷静に、そういうことを踏まえての議論は、とても大事なことだと思います。


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